uneyama記録

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第1回栄養成分表示検討会の資料について

第一回の主議題は消費者庁の作成した資料でした。平中さんが説明しておられましたが、これについて改めて見直してみます。

消費者庁サイトからは分割ダウンロードができるようになっているのでそれに従ってコメントをつけていきます。とりあえず地の文はuneyamaが書いています。

1.栄養成分表示制度について(P.1-9)[PDF:1,152KB]

栄養成分表示の根拠となる法律は健康増進法で、基本理念は「健康増進」のため。そして「正しい知識の普及」。
そういう視点でみると栄養強調表示の「欠乏」と「過剰な摂取」というのは誰にとって「正しい」のか、という疑問があったり。脂肪には必須脂肪酸があって少なければ少ないほど良いわけではなく、ビタミンAは妊婦さんにとって摂りすぎは注意すべきだし、というようなことはこの表示からはわからない。


→doramao
詳しくは1月7日エントリに書きました。参照いただければと思います。
栄養強調表示は業者の効能仄めかしに利用されている側面があり、その運用は慎重に行われて欲しいところです。個人が真に必要とされる栄養量は食事摂取基準からはわからないワケですので、一般消費者が適正に運用できるモノではないと考えられます。欠乏過剰が明らかにモンダイ視される栄養素にのみ絞って認められるぐらいにした方が良いのでは?と個人的には思います。



2.栄養成分表示制度の変遷(P.10-13)[PDF:488KB]

かつては栄養を摂れることが売りになったのに今はカロリーが少ないことが売りになる、といったように時代とともに変わる。それが適切にタイムリーに反映される仕組みがないとかえって足かせになりかねない、と思う。
食事摂取基準の数値の意味がちゃんと理解されるかどうかというのも問題。たとえば米国の表示だと1日の摂取量の何%にあたるのかということも示されるが、この時のナトリウムの値が理想の値(非現現実的な少量)ではなく当面の目標値(達成できそうな値)であるため、健康促進には逆効果だという主張がある。%表示のもとになる量が「これ以上摂らない方が良い量」なのか「最低限これだけは摂ってほしい量」なのかを理解できる人は少ないだろう。



id:ohira-y コメント
1.2.の部分に関して、資料でも食事摂取基準に言及がありますが、その基本的な考え方の部分は議論する上で広く理解されていたほうがよいと思います。食事摂取基準もまともに読むとかなりの分量がありますが、たとえば『「日本人の食事摂取基準」ブロック別講習会資料について』の中の総論の部分は重要でないかと考えます。
また、特にその中でも次の2ページ

この2つについての解説があれば栄養摂取基準のもつ数値の意味も比較的解りやすいと思います。用語の意味の説明では理解が難しいと思います。



→doramao 
日本人の食事摂取基準を編纂された方の一人である佐々木敏教授は、食事摂取基準について、栄養士や専門職によって読まれる事を前提に作成されました、と述べております。その考え方を素人の方も含む議論の場に用いるのは少し難しいかもしれません。けれども、その考え方については重要な点も多いので上手にかみ砕いて説明すれば有用かも知れません。この辺りは難しいところですね。
個人的には、微量栄養素の含有量が記載される事自体を否定はしません(専門の方の参考にはなる)がそれが不特定多数の方の役に立つのかと問われれば否だと考えます。含有量については熱量、3大栄養素と食塩相当量(ナトリウム量を併記にする)が記されていれば良いと思います。その他については、成人の1日必要量のおよそ○%みたいな記載があれば十分じゃないでしょうか。


→uneyama
食事摂取基準との関係については佐々木先生が次回お話されるのではないでしょうか、と勝手に期待。それともお願いしてみたほうがいいでしょうか。

→doramao
そうかも知れません。これは私個人の印象なのですが、佐々木先生は嘘情報を追求するというよりも、自身が研究を進め新たな知見や精度の高い情報を発信していく事を重視しているように思います(当たり前なのですが)。なので、石拾い的な話はuneyamaさんがキッチリおさえていく事が必要なのではないかなぁ、という気持ちがあります。

3.栄養成分表示に関する調査結果(P.14-17)[PDF:585KB]
これは消費者を対象にしたアンケートの結果です。
「食品を選択する際の各表示事項の重要度」というグラフなど、消費者がいかに間違った情報に踊らされているのかを示しているもの、と思えるのですが。このグラフの13項目のうち、食品の安全性に関係する項目は消費期限とアレルギー表示くらいでその優先度が低いのです。もっとも日本の消費者は食品は無条件に安全と信じているのでそれ以外のことのほうが重要だと考えている、のなら話は別ですが、たぶん違うでしょう。

消費者の選択の権利を守るためには、正確な情報が提供されていること、が何より重要です。嘘の情報が氾濫し、間違った思い込みによって選択「させられている」現状では、「消費者が望むから」というのは政策の根拠にはなりえないでしょう。

4.栄養成分表示をめぐる国際的な動向(P.18-23)[PDF:1,455KB]
この部分は検討会ではあまり詳しくは説明されなかったのですが、いくつか補足してみたいと思います。
表示に関してはなんといっても北米が一番項目が詳細で充実しています。表示義務導入時期も早く、最近では加工されていない生肉などにも表示が要求されるようになりつつあります。でも米国は表示による健康促進はできないことを証明している事例でもあります。栄養成分表示が導入された後も肥満増加に改善のきざしはみられません。逆に、FAT FREEなどのような栄養強調表示があると、それが免罪符となってたくさん食べてもいいと認識するという調査結果が出ています。しかも米国人はFAT FREEや「ローカロリー」だけでなく、栄養とは関係のない「オーガニック」や「抗生物質フリー」のような表示ですら、「健康によい」と解釈して「それならたくさん食べてもいい」と考えるというのです。
また詳細な栄養成分表示をじっくり見て理解するのは困難であることから、パッケージの表面にもっと簡単な表示がされていることがあります。Front of Package(FOP)表示というもので、この資料の「海外の例」には通常の栄養成分表示とFOP表示がごちゃ混ぜになって取り上げられています。栄養成分表示は普通は包装の裏面や側面に比較的小さい字で白黒で記載されていますが、FOPは商品がディスプレーされる前面に、目立つようにカラーやデザインを使って表示されるものです。英国の例が信号表示と呼ばれるFOPで、信号と同じく赤より黄色、黄色より青を選びましょうというメッセージが込められています。もちろんこのメッセージは肥満率の増加に対応したものです。

世界的に栄養成分表示を義務とする国が多くなってくれば、なんとなく表示しなくちゃ、と思わせる部分もあります。食品表示のために日本の食品の栄養成分データベースを充実させるとか、食品成分表示のためのツールを開発するとかいうことは中小企業が輸出をしようとする場合には役に立つとは思います(というか食品業界は一部を除いてほぼ中小企業なので)。そういう環境整備はやったほうがいいと思います。


→ohira-y

食品表示を行う側にとって義務化された場合の「義務」の範囲がどこまで及ぶのかには大変関心があります。例えば、JASの品質表示基準のように容器包装されて販売される加工食品すべて表示する必要があるのか、それとも何らかの除外の規定があるのかです。表示を義務化している国では、例えばサンドイッチのようなものまで全て表示があるのか(日本ではコンビニの弁当類には概ね栄養成分表示あり)、それともどこかで線引きして除外の規定があるのか?そういった部分は外国の制度の話でも説明されることが少ないので、実態が分かりません。

→uneyama
具体的なことや細かいことは今回の検討回では議論しないと思うのですが、たとえばこういう表示をした場合にはコストがいくらかかるのか、みたいな数字があるといいと思っています。費用対効果の検討という意味でも、消費者にコストをもっと意識してほしいという意味でも。



参考資料.「トランス脂肪酸の情報開示に関する指針」(案)
概要
参考資料なので本題ではないのだけれど注目されている案件なので一応これについても。
この中に

日本人一日当たりのトランス脂肪酸の平均摂取量は、総エネルギー摂取量の0.6%程度となっているが、我が国における最近の研究では、若年層や女性などに、摂取量が1%(WHOは1%未満とするよう勧告)を超える集団があると報告されている。

という記述があって、その根拠は以前出されたファクトシート
トランス脂肪酸の健康影響に関する最近の科学的知見

で引用されている論文。
http://www.jstage.jst.go.jp/article/jea/20/2/119/_pdf
(論文へのリンク)
1%を超える人がいるという話を聞いたので規制すべきだと思いました、と消費者団体の委員の人が発言していたのでインパクトが大きかったのかもしれない。
この論文自体は単に摂取量を推定しただけのもので、推定摂取量は平均では総エネルギーの1%未満だけれど、30-40代の女性が1%を超過している割合が一番多いと言っています。
一部の集団で目安量を超過しているから規制すべきだという主張は食品のリスクについての基本的理解が不足しているということを示すもので、それはそれで課題として明らかになったとは思います。
さらに、心筋梗塞の発症率が一番少ない集団(心筋梗塞は女性より男性が多く、女性でも増えるのは閉経後)が、目安量をほんのちょっと上回る人の割合が一番多い、という話からは、普通に解釈すれば心筋梗塞と目安量の超過は関連が無いということになります。

さらにファクトシートで言及されているもう一つの論文なのですが
Asia Pacific Journal of Clinical Nutrition誌(18巻359-71頁)
アブストラクトのみ)
要約ではトランス脂肪酸摂取量とコレステロールに関連はなかったとなっています。トランス脂肪酸の平均摂取量が総エネルギーの1%より小さいような集団においては、トランス脂肪酸摂取とコレステロール濃度に明確な関連はみつからないということ自体は特に意外ではないのですが、この結果を消費者庁のファクトシートではこんなふうにまとめているのです。

・女子学生1136人において、トランス脂肪酸の総摂取量および工業的に作られたトランス脂肪酸の摂取量が高い人ほど、腹囲が大きく、血中の中性脂肪ヘモグロビンA1cが高い傾向。
・危険因子は中高年になって表面化することが多いが、欧米と比較して摂取量が低いこの若い集団でもトランス脂肪酸との関連がみられた。


一番大事なコレステロールについて関連が無かったことを無視して、その他の、トランス脂肪酸とは直接関係ないかもしれない部分で、多重比較のためについたかもしれない有意差を強調しています。
こういうところから、資料を作ったときにトランス脂肪酸の悪影響の根拠を探したいというバイアスがかなり強いのだと感じられてしまいます。
もちろん、トランス脂肪酸の「摂りすぎ」がよろしくないのは多分間違いのない事実なのでしょうが、その影響がどのへんから出るのかについては厳しく見極める必要があります。食品中化学物質のリスク評価において最も困難な課題の一つが「閾値」の見極めなのです。高濃度で影響が出るから低濃度まで原点を通るようにまっすぐ直線を引く(トランス脂肪酸の大御所であるMozaffarianはこれをやっている)、というのは低用量領域でリスクの過剰推定になることが多いです。典型的なのが遺伝毒性発がん物質ですが、これは論点がずれるのでこれ以上は言いません。
結局日本人のような低摂取量の集団で、トランス脂肪酸の摂取により「血中LDL濃度が増加しHDL濃度が低下」して「心筋梗塞リスクが高くなっている」というデータはまだ出ていないし示唆されてもいないと私は思います。

ただ、そういう細かいことよりもっと大事なことは、食品安全委員会がリスク評価を実施中なのだから、その結果を尊重すべきということです。科学的評価を無視して「消費者の不安な気持ち」だけを重視するというのは消費者にとっても不利益にしかなりません。