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はてなダイアリー過去ログ(更新予定無し)

日本の栄養成分表示制度についておもうこと   このエントリは id:ohira-y が書いています。


畝山さんに召喚された ohira-y です。共同編集者として参加させていただきます。簡単に自己紹介をさせていただくと、 食の安全情報blog*1というブログで食をテーマにいろいろ書いています。一応、食品関連の企業に勤めている会社員です。そういう立場から、栄養成分表示検討会について書くことになります。とりあえず、最初なので日本の栄養成分表示制度について思うことを書いてみます。


食品の表示を表示の義務という観点からみると、次の3つに分かれると思います。*2

  1. 必ず表示するもの
  2. 任意で表示しても構わないもの
  3. 表示してはいけないもの

1の必ず表示するものは原材料や消費・賞味期限などです。栄養成分については2の任意で表示が可能なもの。つまり、「表示してもしなくてもいいけど表示するならルール(栄養表示基準)に従って表示してね。」という扱いです。
義務ではなく任意の表示と言うことになっていますが、検討会の資料2−3*3を確認すると80%近くの食品に表示があるようです。実際、スーパーやコンビニエンスストアに行って販売されているものを見ると、ほとんどの商品には栄養成分の表示があると思います。清涼飲料やスナック菓子、即席ラーメン。パンやマーガリンなどにも多くの場合は表示があると思います。つまり、現状では義務ではないけれど、ほとんど義務表示されているのと変わらないレベルで表示が行われています。


次に、栄養成分表示を行うことで「効果」が出ているのでしょうか?私はその効果については疑問を感じています。例えば、この検討会のきっかけともなったトランス脂肪酸についての表示指針案の案内文書には「最近の研究では、若年層や女性などに、摂取量が1%を超える集団があるとの報告もある。」という記述がありました。*4トランス脂肪酸の摂取量が多い集団があるというのがトランス脂肪酸対策推進の理由の一つにあげられていますが、80%の食品の栄養表示がなされていることを考えると、そういう方々は少なくとも脂肪の量については知ることができたはずです。もちろん、そういう方々の食生活が栄養表示がない外食中心の生活であった可能性もありますが、そうであっても脂肪が多そうなメニューは感覚でもある程度分かると思います。つまり、トランス脂肪酸の摂取量が多い人は、表示があってもなくても結局たくさん食べて過剰摂取になってしまったと言えないでしょうか。


現在、日本では栄養成分表示は義務表示ではないけれど、ほとんどの食品に表示があり、一部に栄養バランスの悪い人がいるけれども概ね良好な栄養状態を保っていると思います。塩分の摂取など問題も無いわけではありませんが、悪くない状態ではないかなと思います。

畝山さんも既に指摘をなさっておられますが、栄養成分表示には健康の効果につながった「実績」がありません。また、欧米人とは食生活も違います。検討会においてはトランス脂肪酸にとらわれないことはもちろんのこと、表示の義務化にも固執しない自由な議論を期待したいです。*5


食の安全情報blog ohira-y

*1:http://d.hatena.ne.jp/ohira-y/

*2:生鮮食品と加工食品でも制度が異なるし、外食とか対面販売とかでもルールが異なるが、ここではスーパーなどで販売される包装された加工食品について述べます。

*3:http://www.caa.go.jp/foods/pdf/syokuhin469.pdf

*4:http://www.caa.go.jp/foods/pdf/syokuhin415.pdf

*5:個人的には食事バランスガイドの活用に再びライトをあててみるなんてどうかと思っています。

次回プレゼン内容

発表する前から公開で悩むことにします。理由はできるだけわかりやすいものにしたいからです。相手は全くの素人からそれなりの専門家までさまざまなので、短い時間で必要なことを理解できる形で提示できるかどうか、難しいです。
テーマは食生活全体のリスクの話と海外とのデータ比較など。内容としてはこんな感じでしょうか。
●基本的に我々(消費者も業者も研究者も)の共通目標は「すべての人々の健康と福祉の向上」であって、そのために医療制度や食の安全や経済がある。消費者と製造業者はその意味で敵ではなく利害が対立するものでもない。
●目標を達成できるのなら法による規制や行政の関与は少ない方が良い。(費用対効果分析に行政費用をどう算入するのかよくわからないが)
●食品にはもともと膨大なリスクがある。その大部分が微生物や食品そのものの、「天然」由来である。だから食品安全確保のために「リスク分析」をもとに合理的対策が必要である。
●食中毒菌や有害重金属やカビ毒などのようなハザードについては基本的に少なければ少ないほどリスクは小さい。しかし栄養成分については少なくても多くてもリスクがある。だからリスクコミュニケーションは他のハザードより難しいかもしれない。
●日本人の健康関連指標は肥満を筆頭に欧米先進国と比べるとかなり違う。食生活も違う。なのにデータは欧米のものに依存している。
●日本人が欧米より多く食事から摂っているもの:塩、カドミウムメチル水銀ヒ素ヨウ素、野菜や果物、オメガ3脂肪酸。少ないもの:脂肪、飽和脂肪、蛋白質、カロリー、乳製品、など。他には?
●日本人にとって疾患負荷に寄与している最大の食事要因は多分塩。酒とたばこはもっと大きいけれど。
●栄養成分表示が健康上の効果につながったという事例は実はない。米国は栄養表示導入後も着実に肥満は増加している。一時期脂肪を悪者扱いした結果、脂肪ゼロの製品がたくさん出回ったが脂肪ゼロでもたくさん食べれば体内で脂肪に変わるだけなのに、消費者は脂肪がゼロだから良いと認識した。一方で摂食障害を悪化させるという指摘があったりする。米国では現在もっと単純でわかりやすいものとしてFOP(包装表面への表示)を検討中。
●栄養以外でも食品の表示は「消費者の希望」にこたえる形でいろいろな項目が増えているが、安全性とは関係ない項目を安全性と関連するとみなしているといった誤解が多い。表示項目が増えると重要な項目が見逃される可能性が高くなり、必ずしも消費者の利益にはならない。また「消費者の希望」がもともと誤解によるものである場合などは誰にとってもメリットはない。消費者の選択権が確保されるためには「消費者が正確な情報をもとに判断できる」という前提条件が必須で、食品に関する現状はそれとは程遠い。



問題はどういうデータをどう紹介すればわかりやすく説得力あるものになるのかな、ということです。

参考リンク
基本的な統計情報
WHO World health report 2010
http://www.who.int/whr/2010/en/index.html

GLOBAL HEALTH RISKS
http://www.who.int/healthinfo/global_burden_disease/GlobalHealthRisks_report_full.pdf

OECD Health Data 2010
http://www.oecd.org/document/30/0,3746,en_2649_37407_12968734_1_1_1_37407,00.html

厚生労働省関連
人口動態調査
http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/81-1.html
国民医療費
http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/37-20.html
患者調査
http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/10-20.html

論文等
Heart Disease and Stroke Statistics 2010 Update:
http://circ.ahajournals.org/cgi/content/short/121/7/e46

INTERHEART studyとINTERSTROKE study
http://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(10)60975-0/fulltext

BMIと死亡率
Body-Mass Index and Mortality among 1.46 Million White Adults
http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa1000367
日本人
http://epi.ncc.go.jp/jphc/outcome/250.html

食品安全委員会
リスク評価結果の解説
http://www.fsc.go.jp/hyouka/risk_hyouka.html

日本の研究状況
世界における我が国の健康栄養関連研究の状況と課題
〜論文を用いた国別・機関別ランキングによる分析〜
http://www.nistep.go.jp/achiev/ftx/jpn/dis072j/pdf/dis072j01.pdf

第一回検討会の感想

第一回は事務局からの説明と比較的自由な意見交換といったところでした。
座長は坂本元子和洋女子大学学長です。
私は事前に次回での意見を求められていたので皆さんの意見をとにかく聞いておりました。ほぼ全員が発言していて活発な意見交換がなされたという印象です。議事録はいずれ公開されると思うので、私が気がついた(というか印象に残った)意見を順不同でピックアップしてみます。
・消費者団体の人の意見から、トランス脂肪酸そのものが直接心臓に悪いと誤解されているような気がした。トランス脂肪酸のとり過ぎは血中LDL濃度を高くしHDL濃度を低くする。これが心血管系疾患、特に冠動脈心疾患(要するに心筋梗塞)のリスク要因であることがわかっている。なので心疾患リスクとされている、という話なのだけれど。血中脂質の異常値は数少ない「確立された代用エンドポイント」で、ストーリー全体としてはそんなに間違っていないだけに何が誤解なのか理解してもらうのは難しいかもしれない。極端な話、トランス脂肪酸の摂取量がとても多くても血中脂質には何の問題も無い人がトランス脂肪酸摂取量を減らすべきなのかどうかについてはわからない。これは「ごはん」でも「お肉」でも一緒で、食べ過ぎでリスクになるかどうかはその人の他の要因にもよるとしか言いようがない。この辺がヒ素とかカビ毒のような有害物質とは違う。
・食品成分表と食事摂取基準と栄養成分表示は関連すべき。食品成分表に記載のない成分を表示義務とするのはおかしいという業界の人の意見はもっともだと思った。もし表示を求めるなら、中小企業であっても表示できるように、原材料から栄養成分を計算できるようなツールの開発などの支援が必要だろう。その場合結果的に実際の商品と計算値との誤差が20%などの数値より大きくなっても根拠が示せればいいというような措置が必要だろう。海外のメディア報道で消費者団体が実測値と表示が違うと問題にすることがよくあるけれど、意味が無い。消費者団体の方が、違反は厳罰にしろとか規制はとにかく厳しくという主張をしていたので、栄養成分表示は消費者教育とセットでなければ害にしかならないだろうと思った。
消費者庁の資料で、ヨウ素が「不足が問題となる栄養成分」に分類されていることに違和感。日本人はとり過ぎのほうが問題なのに。消費者庁の責任ではないと思うけれど、このへんの栄養学の学術情報のアップデート状況がよくわからない。
・規制影響評価が必要という話
・そもそも論・・栄養成分表示で何を目指すのか、といった基本的合意が必要。

これまでの経緯

まず個人的に把握している背景から。
消費者庁の担当大臣が福島さんだった時にトランス脂肪酸について検討するように、という指示が出たのがことの発端だったと思います。
消費者庁では「トランス脂肪酸に係る情報の収集・提供に関する関係省庁等担当課長会議」を開催し(議事録等は以下からhttp://www.caa.go.jp/foods/index5.html)、その第3回に私が生協の鬼武さんと一緒に意見を述べています。
私が呼ばれたのは、著書「ほんとうの「食の安全」を考える」の中でトランス脂肪酸についての言及があったからで、消費者庁の事務局の方々がこの本を読んで評価して下さったということです。(ちなみにこの本の初版のトランス脂肪酸の記述に一部間違いがあります。食品安全委員会で「評価し」とあるのは間違いで、ファクトシートを作っただけです。正規のリスク評価はまだ結論は出されていません。新開発食品専門調査会で審議中です。最新議事概要はhttp://www.fsc.go.jp/fsciis/meetingMaterial/show/kai20100412sh1
この時の意見の趣旨は、日本人においてトランス脂肪酸対策の優先順位が高いとは思えない、表示の義務化や使用禁止などのような規制は費用対効果を検討してから導入する必要がある。一般論として日本人の疫学研究データが不足していて科学的根拠に基づいた政策決定が困難なので研究支援が必要。栄養成分表示については、北米などのような既にコレステロールや飽和脂肪が表示されているものにトランス脂肪酸を加えるのと、日本の状況で突然トランス脂肪酸だけ表示されるのでは手間も意味も違ってくるので、外国で表示を義務化しているから日本でもというのは無理がある。栄養成分表示や栄養教育から見直す必要がある。といったようなものでした。
私はこの時の主張の責任をとって栄養成分表示検討会の委員になっているというわけです。
一方別の検討会でトランス脂肪酸を自主的に表示したいという場合のための表示ガイドライン案が作成され意見募集が行われています。

今回の栄養成分表示検討会は、トランス脂肪酸の表示問題をきっかけにはしているものの、トランス脂肪酸の表示について検討するためのものではなくて、そもそも日本の栄養成分表示はどうあるべきなのかを検討するためのもの、と理解しています。
私は多分学識経験者枠なのだろうと思いますが、栄養学の専門ではなく、食品全体のリスクの観点から意見を述べることを期待されていると認識しています。食品安全委員会の委員の人が委員になることが適任なのかもしれません。
ちなみに私が食品安全委員会の専門調査会などの委員になることはありません。家族が食品企業に勤務しているから、というのが理由です。さすがに消費者庁では消費者製品に関わる業種全ての関係者を排除したら大変ですからそういう規定はないようです。利益相反という意味では、EFSAなどがそうであるように、情報の開示で十分だとは思いますが、日本では排除することが多いようです。一応ここで明確にしておきますが、夫は味の素(株)の研究所勤務です。ただ私は学会には入っておらず、当然役員等の経験もなく、特定の分野を推進したいというような利害関係は全くありません。研究費をたくさん使うような仕事をしているわけではないので研究費獲得関係でのしがらみはありません。ろくな業績が無いので自分の関わった論文や成果をアピールしたいというようなバイアスもありません。

科学的に評価したリスクに基づいて対策を

 3月9日付で消費者庁から「トランス脂肪酸の表示に向けた今後の取組について」という発表があり、大臣記者会見をもとにメディアでも報道されたようです。渡辺宏さんのブログに報道各社の見出し比較が掲載されていておもしろかったので参考までに。http://www.kenji.ne.jp/blog/index.php?itemid=702
トランス脂肪酸については既にFoodScienceで二度ほど取り上げていますので特に新しいトピックスがあるわけではないのですが、消費者庁の行った「トランス脂肪酸に係る情報の収集・提供に関する関係省庁等担当課長会議」で意見を求められた経緯がありますので少し説明したいと思います。
資料については消費者庁のホームページに掲載されています。
トランス脂肪酸だけではなく、また食品に限ったことではありませんが、いろいろな問題にどう対処するかを決める場合には、何にために対策を行い、そのメリットやデメリットはどうかといったことをできるだけ科学的根拠に基づいて判断することが望まれます。この場合の「科学」には社会科学も含まれます。

政府の目的は国民の健康と福祉の向上であり、国内の多くの事業者にとってもその目的は共有できるはずだと思います。解決すべき課題は、限られた資源をどう効果的に振り分けて、最小限のコストで最大限のパフォーマンスを得るか、ということです。最良ではなくてもより良い解を得るように努力すべきでしょう。そのために食品の安全性の分野ではリスク分析という手法を取り入れてきているのです。
しかしながらリスク分析の3要素(リスク評価・リスク管理・リスクコミュニケーション)のうち、特にリスクコミュニケーションがうまくいっているとは思えないのが現状です。トランス脂肪酸については日本では詳細リスク評価は行われていませんが、食品安全委員会の作成したファクトシートだけでも、リスクはそれほど大きくないだろうと推測できますのでコストのかかる完全リスク評価は必要ないだろうと考えられるのですが、政治的?配慮からか食品安全委員会はリスク評価を行うという意向が表明されています。詳細リスク評価が必要か、あるいは可能かどうかも含めてリスクコミュニケーションなのですが、その時点で既にあまりうまくいっていない印象があります。リスク評価が必要であってもデータがないのでできない場合もあります。日本のトランス脂肪酸については、平均的には問題が無くとも特定の食生活をおくっている人に問題があるかもしれないということがしばしば主張されますが、それなら評価すべきは高摂取群におけるリスクであり、そのためには高摂取群とされる人達の食事摂取に関するデータが必要です。現在日本では例えば英国で設定している「ベジタリアン」や「施設にいる高齢者」「自宅にいる高齢者」といった細かい集団ごとの食事摂取量データはないはずなので評価は困難という結果が予想できます。
トランス脂肪酸をどうこうする以前に、このようなリスク評価の基礎となる地味なデータの集積が必要なのです。私が関係省庁等担当課長会議で意見として言いたかったことは、日本人の疫学データや食事摂取量データなどの地味な基盤研究を長期的視野で支援・整備して欲しいということです。そしてリスクに基づいた意志決定がなされるようになって欲しい。

今週Natureのニュースに掲載されていた記事にイタリアでレストランでの食品添加物禁止というものがありました。
もとはといえば分子調理(例えば液体窒素で迅速冷凍したりというハイテクを駆使した調理法)の隆盛から伝統的イタリア料理を守ろうという担当次官の意向だったようですが、ほぼ全ての食品添加物を禁止したため「伝統的イタリア料理」すらレストランでは作れなくなってしまうという事態になっているようです。これは「新しいものより古いもののほうが良い」「合成品よりナチュラルなものが良い」という、よくある思いこみを持った人による暴挙の一例です。このような規制が誰にとっても利益にならないことは明白なのですが、マスコミに誘導されてポピュリズムに走るとしばしばそういう事態を招きます(この法を作ったきっかけは伝統料理を推進するテレビ番組だそうです)。日本の政治家にも同様の間違った思いこみの強い人たちがいて、「政治主導」で仕組みを変えると主張していますから必ずしも遠い国の関係のないこと、とは思えません。
ただしイタリアの規則は2010年12月に有効期限が切れること、この規則に違反したことによる取り締まりや告発を誰も望んでいないことなどから影響は限定的だろうとのことです。
規制を行うのなら科学的根拠に基づいているかどうかを検討することが必須、ということが世の中の常識にななって欲しいと思います。

これまで、一般的に食品安全上の問題とされている事柄の多くが、真の食品安全上の問題ではなく、コミュニケーションの問題であるという事例をたくさん紹介してきました。いろいろな問題の解決策の一つは、できるだけ多くの方に理解してもらうことだと思っています。
FoodScienceが終了するということで、この場で続けることはできなくなりましたが、もともと私は情報収集・整理・提供が皆様から頂いた税金で雇われている仕事です。そのため原稿料は頂かず、FoodScienceが有料でも無料公開をお願いしてきました。Webmasterの中野様には編集や掲載の作業をサービスとしてやって頂いたようなものです。今後も情報提供は継続するつもりですしFoodScienceの過去記事もどこかに移して公開し続けることを検討しています。何か良い案がありましたら提案して頂ければ幸いです。

「環境ホルモン」問題はどうなった?BPAの評価を巡る世界の動向その2

 2008年5月、「『環境ホルモン』問題はどうなった? ビスフェノールAの評価を巡る世界の動向『その1』」を書いてから、2年弱がたちました。この間、この「環境ホルモン」という言葉もほとんど聞かれなくなりましたが、実際にビスフェノールAの問題がどうなったのか、まとめてみます。
 まず、これまでの法的措置を見てみましょう。08年の時点では、カナダが世界で初めてほ乳瓶へのポリカーボネートの使用を禁止する予定であるという状況でした。このビスフェノールAを含む乳幼児用のほ乳瓶の宣伝・販売・輸入を禁止するという具体的規制案は、ヘルスカナダが09年6月に発表し、同年9月10日までパブリックコメント募集が行われました。現在は募集期間が終了し、その意見をとりまとめていると思われます。最終報告はまだ発表されていません。

 一方、化学物質管理計画の一環として環境中への排出を削減するため、工場排水中のビスフェノールA濃度の規制案も作成しており、こちらも進行中です。規制については手続きは進行しているものの2年前からあまり変わっていないというのが現状です。

 リスク評価とリスクコミュニケーションに関しては、前回「その1」で、欧州食品安全機関(EFSA)と米・国家毒性プログラム(NTP)の評価についてはお伝えしました。その後、ビスフェノールAに心疾患などとの関連があるかもしれないといった論文が発表されたといったニュースがメディアを賑わせたことが何回かありましたが、その度にEFSAやほかの規制当局は「そのような解釈は成り立たない」という見解を発表しています。主なものは次の通りです。

○EFSA
ビスフェノールAと医学的疾患の関連についての研究に関するEFSAの声明:CEFと評価法専門委員会による合同声明(24.10.2008)(要約)
 JAMAの2008年9月16日号に発表されたLangらの成人の尿中BPAと疾患の関連についての研究は因果関係を示す十分な証拠にはなり得ず、TDIを改訂する必要はない。


BfR
ビスフェノールAの新しい研究は過去のリスク評価に疑問を呈するものではない(19.09.2008)(要約)
 JAMA(300 (2008) 1303-1310)とPNAS(105 (2008) 14187-14191)に発表された2つの論文を評価した結果、BfRはこれらの知見はこれまでのリスク評価に疑問を投げかけるものではないと結論。

○AFSSA
Stahlhut (2009)らによるヒト尿中ビスフェノールAの論文についてのAFSSAの意見
 この研究(EHP Volume 117 Issue: 5 Pages: 784-9.)は、これまでのリスク評価に影響しない。

 ここで問題になっている論文は、何らかの病気と何らかの物質の存在や濃度に「関連があった」というもので、一般論として相関関係があるということは必ずしも因果関係があるということを意味しないという基本的なことが評価機関によって指摘されています。このような、危険がある可能性があるという論文が出るたびにメディアで大々的に報道され(リスクはないという論文ももちろん発表されているものの、ニュースになることはない)、当局が論文の欠点などを指摘しても一般の人々には危険らしいという印象だけしか残らないという状況はGM(遺伝子組み換え)作物の場合と同じです。

 さらにここにNGOや民間団体からの「告発」が加わります。ドイツでは民間団体がビスフェノールAを使っていないおしゃぶりからビスフェノールAが溶出すると発表したため、BfRが検査を行ってそのようなことはないと発表しています。

○民間団体の発表に対するBfRの見解
おしゃぶりのビスフェノールABfRの検査結果(04.11.2009)

 米国ではコンシューマーリポート(消費者団体)が缶詰食品のビスフェノールAについて特集を組み、「ビスフェノールAフリー」と表示してある缶詰からも検出されたと報告しています。検出されているのはppbというレベルです。

○米国コンシューマーリポート(消費者団体)
Concern over canned foods
Our tests find wide range of Bisphenol A in soups, juice, and more (December 2009)

 またカナダでも「ビスフェノールAフリー」として販売されているほ乳瓶からビスフェノールAが検出されたというニュースがあり、そのもとになったのはヘルスカナダの調査結果でした。発表された論文では一部の製品からpptレベルのBPAが検出されており、ヘルスカナダの研究者はこの結果は製造時の混入によるアーチファクトである可能性が示唆され、健康上に問題になる量ではないと言っているのですが、製造業者はこれまで検出されていないと、市民団体はたとえわずかでも検出されたら「BPAフリー」ではないと反論しているようです。食品という極めて雑多な化合物を大雑把に扱っているのが普通の状況下で、検出されたのがppt(1兆分の1、10のマイナス12乗)というレベルならゼロとみなしてもいいだろうと思うのですが、消費者は許せないと考えるらしいです。

○カナダの報道
When BPA-free isn’t(July 30th, 2009)

 そのような状況下でNTPとは別に評価を行っていた米国食品医薬品局(FDA)ですが、09年に政権交代に伴い長官が変わりました。このことがビスフェノールAの評価にどういう影響を与えるかが注目されていましたが、10年1月15日にNTPの結論に合意し、さらなる研究に資金を提供するとともに暴露量削減のための簡単な対策を助言するという発表がありました。

○米国FDA
Update on Bisphenol A for Use in Food Contact Applications: January 2010(01/15/2010)(要約)

 規制を行う根拠となるようなデータは現時点では存在しないため、法的対応はとりませんが、自主的に使用を削減するよう促しているため、前政権時代の長官の意見よりは有害性を主張する意見を重く見たと言えます。

 新たな研究課題としてげっ歯類の行動や神経解剖学といった分野が入っていて、これが簡単に結果が出るとは思えないため、さらに問題が長期化するかもしれないと思います。行動への影響というのは、もともと毒性学的評価方法もヒトでの意味も確立されていない分野ですし、しかもごく微量の影響を検出するという話ですから。ビスフェノールAの微量での影響についての研究は既に10年以上精力的に行われてきました。それでも決定的な根拠は出ていないので、さらに1-2年でめざましい成果があがると予想するのは困難です。

 さらに、フランス食品衛生安全庁(AFSSA)が報告しているように、もし微量での特定時期での暴露による影響がヒトにとって重要な意味を持つのであれば、見直しが必要になるのはビスフェノールAだけではなく、ほかの数多くの天然化合物も同じなのです。

○AFSSA
Bisphenol A: AFSSA recommends the development of new assessment methods(5 February 2010)(要約)

 食品がヒトに全く影響を及ぼさないということはありません。どこまでを有害影響と判断し、どこまでを許容範囲とみなすかという根本的な問題が問われているのかもしれません。しかし、これは答えを出すのがとても困難な課題です。

 ビスフェノールAについてはオーストラリア当局は一貫して冷静です。オーストラリア・ニュージーランド食品基準機関(FSANZ)はFDAの発表を受けて、ファクトシートを更新しています。

○FSANZ
ビスフェノールAと食品容器(要約)

 そしてニュージーランドのNZFSAは、2月のAndrew McKenzie長官のコラムでビスフェノールAの問題を取り上げ、科学的根拠ではなく一般の人々の感覚(これがメディアの不正確な報道に影響されていることは誰もが認識していることです)を基準に政治的判断がなされ、規制などの意志決定が行われてしまうことはデメリットが大きいと述べています。

○長官のコラム
一般の意見により行われたBPAのリスクについての決定(要約)

 今後の予定として、EFSAは今年4月に専門家会議を行い、5月にEFSAとしての意見を採択する予定です。また今年10月にオタワでヘルスカナダが主催するビスフェノールAに関するWHO科学専門家会合が開催されます。日本の食品安全委員会でも、器具・容器包装専門調査会に設置された「生殖発生毒性等に関するワーキンググループ」で審議していた結果がそろそろ出るのではないかと思われます。

 米国の研究成果がどのくらいの期間で出るのかどうかは不明ですが、なんらかの発表はあるでしょう。これらについてはさらに「その3」でお伝えすることになると思います。